本文へスキップ
南極OB会

南極に関連する情報の紹介とリンク集のページです。

南極倶楽部


 南極倶楽部は、南極観測隊OB・宗谷・ふじ・しらせの各関係者、北極関係、極地旅行者など幅広い方々が会員となっている、南極を愛する人たちの集まりです。平成11年2月17日に発足しました。
 南極倶楽部では月1回、定例会を開いています。また、情報誌も発行しています。
 南極倶楽部の情報については、こちらからどうぞ!南極倶楽部を もっと知りたい
                        南極倶楽部の 機関誌を見る

 南極観測船の話


 南極観測には欠かすことができません・・この船があるからこと、南極観測が続けられました。
 南極観測船の情報を紹介します。

開南丸

 宗谷

白瀬日本南極探検隊が、南極探検に使用した船です。「開南丸」は東郷平八郎元帥によって命名されました。1910年(明治43年)11月に日本を出帆し、2度の南極航海に使われました。
詳細はこちら↓
白瀬日本南極探検100周年記念プロジェクト
「宗谷」が初めて南極に向けて東京港晴海埠頭を旅立ったは、1956年(昭和31年)11月8日でした。
1962年(昭和37年)4月まで、6次にわたる南極観測に活躍しました。現在は、船の科学館前に係留され永久保存展示されています。

「宗谷」のスライドショーを見る

 海鷹丸

 ふじ 5001

 東京水産大学(現在は、東京海洋大学)の練習船「海鷹丸(U世)」は「宗谷」に随伴し、第一次日本南極観測隊を支援しています。東京からケープタウンまでは、航海実習や海洋調査を行い、その後、宗谷と合流して南極に向いました。
東京海洋大学 練習船「海鷹丸」のページ
「ふじ」は、南極観測船としては初めて建造され、1mの氷を3ノットで連続砕氷が可能でした。1965年(昭和40年)から18年間、第7次〜第24次まで活躍した砕氷艦です。現在は、『名古屋海洋博物館』の南極の博物館としてガーデンふ頭に係留され永久保存されています。

 「ふじ」のスライドショーを見る

 しらせ(初代)5002

 しらせ 5003

南極観測の拡大により、「ふじ」の輸送能力の限界となり、「しらせ」が建造されました。
1.5mの氷を3ノットで連続砕氷が可能でした。1982年(昭和58年)から25年間、第25次〜第50次まで南極観測を支えました。
(株)ウェザーニューズが「SHIRASE」と改名して気候変動・地球環境のシンボルと して一般公開しています。

「しらせ」のスライドショーを見る

コンテナ方式の荷役システム、船体塗装による海洋汚染を防ぐステンレス外装、新しいヒーリング(横揺れ防止)機構、散水システムなどを持つハイテク船で、観測隊員搬送数が60名から80名に増えました。
2008年4月16日、ユニバーサル造船(舞鶴)において、進水式があり、防衛大臣から「しらせ」と命名されました。

 「しらせ」のスライドショーを見る


大きさの比較
   開南丸 宗谷  ふじ  しらせ  新しらせ 
長さ  33.48m  83.6m 100m  134m  138m 
 幅  7.85m 12.8m  22m  28m  28m 
 深さ  3.89m 9.3m  11.8m  14.5m  15.9m 
 軸出力  18馬力 2,400馬力  12,000馬力  30,000馬力  30,000馬力 
 基準排水トン   2,736トン  5,250トン  11,600トン  12,650トン 
 総トン数  204トン        

  このページのTOPに行く